Ivermectinと糞線虫症

Ivermectin・・・日本語でなんと読みますか? 

アイバーメクチン? イベルメクチン? これは今年のノーベル賞を受賞された大村 智先生が発見されたすばらしい薬。地球上の何億人もの人々を救っている薬です。

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沖縄には糞線虫症という感染症があります。これを撲滅すべく、1989年(平成元年)琉球大学第一内科を中心に沖縄糞線虫症治療研究会を立ち上げて、既存のあらゆる治療薬について、その効果を検討しましたが、まったく満足すべき結果は得られませんでした。

糞線虫は熱帯・亜熱帯地方の腸管寄生虫で、わが国では奄美・沖縄地域の風土病的感染症。新しく開発した検査法を駆使して沖縄県では少なくとも約3万人の感染者がいることがわかりました。治療はもう新薬に頼るしかないと、外国の文献を探すうち、Ivermectin が糞線虫症に効くかも知れない?と書かれた新刊の専門書に出会いました。

どうにかして輸入して試してみたい。

調べていくうちに、この薬は静岡県川奈ゴルフ場の土から日本人が発見・開発した薬と書かれた書物もありましたが、日本人の名前は書かれてなく、私はこれをアイバーメクチンと読んでしまった。しかも、こともあろうに日本のアイバさんという人が発見したのではないかと思ったのでした。

この薬はアメリカのメルク社が特許を持っていたので、少しばかり輸入したいとの手紙を書きました。ところが、この薬はちょうどこの時アフリカのオンコセルカ症(River blind disease:河川盲目症)の特効薬ということがわかり、その撲滅のためにWHOが大量に買い上げてすでに数万人へ投与を開始したばかりであり、私たちが試しに使う100錠や200錠などの小規模の研究に分けてやる余裕はないとの返事でした。

しかし、、、、、、、、、返事があるということは脈があるということではないか?

既存薬での惨憺たる治療成績を送り何度も何度もお願いの手紙を書く。ある日、待ちに待った朗報が舞い込みました。そちらが希望するだけいくらでも、いつでも無償でお送りするとのこと。しかし、未知の薬を患者さんに使うには、大学内の倫理委員会の許可が必要。なんと云っても日本人に初めて使う薬。厚労相の許可は得られたが、倫理委員会の許可はなかなか下りない。幸運にも厚労省の熱帯病治療薬研究班(班長:大友弘士慈恵医大教授)の援助をうけ、ようやく使えるようになりました。使ってみるとその効果は私たちの予想をはるかに超えるものでありました。はじめに僅か2錠(200μg/kg)服用して、2週間後にもう一度飲んでいただく方法で、ほぼ100%の駆虫率、副作用はほとんど見られない。一旦感染したら、自力では一生排除できないこの感染症をこの薬で完全に制圧できることが分かった瞬間でした。

しかし、この薬を一般医療で使うことができるには、治験をして国の認可を得る必要があります。その後、さらに幾多の困難と長い時間がかかりましたが、

多くの方々の努力によりようやく2002(平成14)年12月、一般名Ivermectinは日本の商品名「ストロメクトール」として発売されることとなりました。

研究をはじめてから実に13年間もの長い長い道のりでした。学会発表時にも私たちがアイバーメクチンと発音していたこの薬は、わが国では一般名「イベルメクチン」と発音されていて、北里研究所所長の大村 智博士が発見された薬であることを知ったのは、ようやく大量の薬を無償で輸入できるようになった頃でした。したがって、その後の研究は大村博士にこの薬に関する直接のご指導、ご教示をいただきながら進めることができました。先生には沖縄へもお越しいただき、私たちはその温厚な先生人柄に接し、ご講演なども親しく拝聴させていただくこともできました。そして、私はこの研究の代表者として1999(平成11)年第47回日本化学療法学会総会(東京)において、この学会の最高賞である第10回「志賀潔・秦佐八郎記念賞」を大村先生から直接頂いたのでした。

WHOの西アフリカにおけるオンコセルカ感染制御計画(OCP)は私たちが糞線虫症にこの薬を応用しようとした1989年(平成元年)と時を同じくしてこの薬が使用開始され、その後4,000万人の感染を予防し、60万人の失明を防ぎ、1,800万人の小児が疾患と失明の脅威に晒されずにすんだと報道されています。また、2013年には感染者がいる24カ国の1億人以上の人々にこの薬(外国での商品名:Mectizanメクチザン)が配布されました。WHOは2013年4月コロンビアがオンコセルカ症の排除が達成されたことを発表し、同年9月にはエクアドルが排除達成の第2番目の国になったことを発表しました。

一方、糞線虫症は失明をきたすオンコセルカほどの脅威はないとはいえ、高齢者や免疫能が低下した人では、播種性糞線虫症といわれる髄膜炎、敗血症、肺炎などの重篤な致死的感染症を引き起こします。熱帯・亜熱帯を中心に世界中で3,500万人の感染者がいるといわれていますが、私たちの検査法から推定するとこの10倍以上3~4億人の感染者がいると思われます。

そしてまた、私たちの研究の途中に判明したことでありますが、この薬は疥癬の特効薬でもあります。高齢者介護施設や長期療養型病院などで猛威を振るっていた疥癬は簡単に治療ができるようになって、現在ではわが国ではほとんど見かけない皮膚病となりました。この疾患も世界中で数億人が感染していたでしょう。これらがすべてこの薬一つで駆逐することができるのです。大村博士はこのほかにも25種類以上の医薬、動物薬、農薬を開発されていて、これらが人類の福祉に貢献している規模の壮大さは計り知れないものがあります。平成の「野口英世」と称される先生のノーベル賞受賞はむしろ遅すぎたと感じるほどではないでしょうか。

今回のノーベル賞受賞に関しては、日本国民はもとより直接その恩恵に浴した沖縄県民の喜びはひとしお大きなものがあります。そして、糞線虫治療に携わった多くの医療関係者の喜びも私を含め絶大なものがあります。心からのお礼とお祝いを申し上げたいと思います。

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